プロフィール

氏名
高橋かずちか / 高橋一実

生まれ
1960年(昭和35年)東京都中野区生まれ

家族
・妻(広島県呉市出身)
・長男:1999年生まれ
・長女:2000年生まれ
・妻とともに「子育て奮闘中」

現在
・明治大学客員研究員
・再び企業に籍を置きサラリーマン
・自由民主党東京都中野区第四支部長
・自由民主党東京都連都市政策審議委員
・中野区なぎなた連盟顧問
・中野区剣道連盟後援会理事
・NPO法人アニマル・ワン理事(ペット共生、動物愛護)

略歴
・清水建設株式会社(15年間勤務)
・衆議院議員秘書/国土交通副大臣秘書
・株式会社地域整備総合研究所取締役
・学校法人国際観光・医療管理専門学校監事
・2005年7月 東京都議会議員選挙初挑戦、14,287票獲得するも次点。

学歴
・宝仙学園幼稚園・宝仙学園小学校卒業
・学習院大学法学部法学科卒業
・明治大学公共政策大学院卒業(2008)

その他
・宝仙学園小学校卒業生の会(光葉会)会長
・明王山宝仙寺 青年会(白玉会)会長
・中野氷川神社 総代・氏子青年会
・本郷氷川神社 氏子青年会
・薬物乱用防止講習会教育講師 ((財)麻薬・覚醒剤乱用防止センター認定)
・中野区剣道連盟後援会 事務局長補佐
・中野区キャンプ協会 / キャンプインストラクター

座右の銘
之を修して自ら知れ(興教大師)
物事に果敢に取り組み自分の力量を知り学び成長する。(現場第一主義)

資格
宅地建物取引主任者
四級小型船舶操縦士
薬物乱用防止講習会教育講師 ((財)麻薬・覚醒剤乱用防止センター認定)
スキューバダイビング(PADI/アドバンスNAUI)
キャンプインストラクター / (社)日本キャンプ協会公認

趣味
富士登山、キャンプ、スキー、スポーツ観戦、舞台鑑賞

性格
明朗快活、前を見て進む。

嫌いな事
陰口

好きな食べ物
カレー、寿司、そば

好きな飲み物
ビール、焼酎、日本酒は辛口。ワイン


かずちかストーリー

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生い立ち
・地元の町会内の産婦人科にて長男として生まれる。
・父親は高橋一郎(前衆議院議員 / 衆議院議員5期、元都議会議長(5期))
・母親は喜久子(平成9年7月没)

小学校時代:宝仙学園小学校
・学校は大好きで、毎日早朝より登校し、野球・フットベースボールで汗を流す。
・勉強スポーツ得意で一年生より、いつも毎年のマラソン大会はトップ。運動会ではリレーのアンカーでごぼう抜きをはたす
・しかし暴れん坊で、職員室には毎日呼び出されて立たされていた。
・左手骨折、あごのカマイタチで三針縫うなど怪我絶えず。

中学時代:学習院中等科
・一転まじめ、成績中の上、英語は好きでした。
・学習院伝統の夏の沼津の海岸で、赤ふんどしでのスパルタ夏季学校が良き思い出として思い出に残る。
・部活は陸上部、得意種目は1500m、走り幅跳び、走り高跳び

高校時代:学習院高等科
・成績は上で、勉強は真面目に取組む。私の試験用ノートは大人気でした。
・友達とのスキー合宿が忘れられない。
      
大学時代:学習院大学法学部法学科
・体育の授業はバレーボール。一年先輩の皇太子殿下と同じチームでバレーボールをしました。
・輔仁会(体育会)スキー部に所属し、基礎スキーを専攻、白馬の八方根・岩岳でスキーパトロール、スキースクールでスキーを指導。

社会人-1
・多くの人が一致結束して成し遂げるもの作りにあこがれて、清水建設株式会社に入社。
・入社時本社営業を希望するも、元気がいいせいか、いきなり工事現場に配属。以後8年間工事現場にて働く。
・本社配属後の7年間大規模開発チーム、プロパー営業を経験しました。

社会人-2
・1997年ワシントンでの上院下院議員との面会、スタッフの執務風景に接し、もともとの政治志望に火がつき、15年間のサラリーマン生活にピリオド、国会議員秘書として7年間勤務。
・国政の中枢にて政治を勉強、また地元では地域の声に直接接し、地方政治の実際を体得しました。

政界進出
・地元である中野を中心とした政治活動を開始。
・平成16年12月、自民党本部・東京都支部の総意を受け、2005年/平成17年施行の東京都議会議員選挙の自由民主党公認決定を獲得しました。
・2005年7月 東京都議会議員選挙初挑戦、14,287票獲得するも次点。

明治大学公共政策大学院を受験。ガバナンス研究科にて、元東京都副知事・作家「青山やすし」教授の指導を受ける。
自治体危機管理・自治体経営、公会計、条例制定等々学ぶ。
市民目線、納税者目線に立った政治家がさらに大きく育っていくことが日本の政治をいいもの。よりよい政策は、政党の中央からではなく、市民の生活から生まれます。納税者の視点からこそ正しい政策方針が出てきま

専門はまちづくり、都市政策と防災を中心とした危機管理。
卒業修士論文は:大震災に備えた都市防災戦略~首都直下地震に対する中野区の減災対策について
H20.03 卒業。
その後、日本自治体危機管理学会会員となり、明治大学客員研究員を務め、都市政策のシンポジウム・フォーラムにて活躍。


機能不全の政治を変えたい、政治に若い世代や現役世代の声を反映させたいとの思いから、若い世代、今をがんばる現役世代を中心とした新らしい勉強会ネットワーク「Nextの会」を設立し、幾つもの各種フォーラム・視察会勉強会を主催。
新しいネットワークづくりに奔走。


2009.07 東京都議会議員選挙再挑戦、14,567票獲得するも敗戦。
・自民党大逆風の中でしたが、実に多くの方々からご支援を賜り、勝利を目指し奮戦、
しかし目的は達成できませんでした。敗戦理由・原因は語りません。
ひとえに自分の不徳でございます。
・敗戦以後、夏~秋の祭礼等を中心とした諸行事には、皆様の応援の声を励みに例年どおりに参加、
その傍ら生活再建に奔走しました。

2010.01 脳腫瘍発見、4月手術に向け調整
・新年を機に本格的政治活動再開を目指すも、
1月の人間ドッグにて小脳に脳腫瘍(聴神経腫瘍)を偶然発見。
日程のあく4月中旬に手術を決め、2月中旬まで新年会まわり。
その後検査と入院手術準備。

2010.04 脳腫瘍、開頭手術
・10時間を超える手術は無事成功、4センチを超えた腫瘍全摘出。
約2週間ほどで退院、自宅療養。リハビリにつとめました。

2010.07 完全復活
・病理検査で良性腫瘍再確認、再発の可能性なしとのお墨付きをもらい、
7月中旬恒例富士登山にて山頂到達。
体力回復を確認し、政治活動再スタート。
・夏以降、例年通りの地域行事に参加してまいりました。

2010.12/28 区政参画の打診
・12/28暮れに、ご勇退される
斉藤金造区議会議員、山崎芳夫区議会議員両議員の地盤である、
江古田・江原・沼袋・松が丘地区の住民の声を区政に、という区政参画の打診を受ける。

2010.12/30 区政参画への決断
決断理由は、以下の通りです。
・私が目指す政治!そのゴールは、
①安心して暮らせるまちづくり。
②にぎわいの創出、活力溢れるまちづくり。
③誰もが住み続けられるまちづくり。
であり、
中野の中野駅周辺開発や西武新宿線連続立体整備事業とそれに伴う駅周辺まちづくり、
さらには私がレポートし続ける「大震災に備えた中野防災・減災まちづくり」、
自分の体験と今の生活環境を一致した「安心な高齢化社会」「子育て支援」等々、
まさに私が目指す政治の姿を具体化する現場が中野に山積している。
政治に具体的に参画するなかで自分の目指す政治を突き詰めていきたい。と考えました。

2011.02末 区議会改選自民党公認證受領
・自民党より公認受領された15人全員の区政参画を目指し、中野の為に一致団結。